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足立簡易裁判所 昭和34年(ハ)94号 判決 1960年1月16日

原告 青柳健三

被告 池田金次郎 外一名

主文

原告に対し被告池田は別紙目録第二の家屋を収去し、かつ同目録第三の家屋より退去して同目録第一A、Bの土地を、被告勝呂は別紙目録第三の家屋を収去して同目録第一Bの土地を各明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決並に仮執行宣言を求め、

請求原因として、

別紙目録第一に表示する足立区内匠本町二十五番の二、宅地九十四坪の本件土地はもと訴外大熊喜一の所有で、同人がその所有の他の土地、家屋と共に昭和二十七年八月十九日訴外株式会社常盤相互銀行に対する借入金百五十万円の担保として抵当権を設定し、抵当権実行の結果、昭和三十三年四月二十六日訴外福田椙子が競落により所有権を取得し、同三十四年二月四日その登記を了したものである。原告は本件土地を福田から同年三月二十日金四十五万円で買受け、所有権を取得し、同年同月二十三日移転登記をした。しかるに被告等はいずれも正当な権原なく右土地上に被告池田は別紙目録第二の建物を所有して同目録第一Aの土地を、又被告勝呂は同第三の建物を所有し同目録第一Bの土地を占有し、尚被告池田は勝呂の所有建物に居住してその敷地の同目録第一Bの土地をも占有しているので、原告は所有権に基き被告等に対し請求趣旨の判決を求めると述べ、被告等の主張に対し、

被告等の(1) の信託法違反の主張を争う。(2) の被告等主張の係争権利とは訴として係属中の権利をいうのであるから、被告等の同主張は理由がない。(3) の被告等の主張を争う。もつとも原告は本件土地を永住の為でなく転売する意向で買受けたのであると述べ、

立証として甲第一乃至第五号証を提出し、証人河野政清、同福田椙子の各供述を援用し、乙第一、二号証の成立を認め、同第三号証は不知と述べた。

被告等代理人は、原告の被告等に対する請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決並に被告等敗訴のときは保証を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、

答弁として、

被告池田が原告主張の別紙目録第一A地上に同目録第二の家屋を所有し、同目録第三の家屋に居住すること。被告勝呂が別紙目録第一Bの土地上に同目録第三の家屋を所有すること、並に本件土地に対し原告の為所有権移転の登記のあることは認める。原告は本件土地の所有権を取得したことはない。

(1)  仮に本件土地につき訴外福田と原告間に売買契約が存するとしても、原告の所有権取得は訴訟行為をなさしむることを主たる目的として福田から信託的に移転を受けたもので、信託法第十一条の規定に反し無効である。即ち訴外大熊喜一は昭和二十七年八月十九日訴外株式会社常盤相互銀行から金百五十万円を借入れ、本件土地外七筆の土地八百七十五坪及び家屋百七十四坪に対し抵当権を設定し、次いで同二十八年十二月二十一日訴外中小企業金融公庫から金百九十万円を借受け、同物件に対し抵当権を設定したのであるが、大熊は訴外河野政清に右抵当権付土地家屋を昭和二十九年十月二十四日売渡した。本件土地は被告池田が昭和二十四年十二月十七日大熊から賃借りし、その経営する木材会社の倉庫等に使用していた処、同三十年十月二十五日河野から右抵当権登記を抹消するとの約で同被告が代金五万円で譲り受け、その所有権移転登記をなしたものである。しかるに抵当権者株式会社常盤相互銀行は、被告池田が買受けた本件土地の抵当権抹消登記前に本件土地を含む前示担保物に対し東京地方裁判所に抵当権に基く競売開始決定を申請し、同裁判所は同三十一年十月十日競売開始決定をした。ところが、かねてから足立区方面に工場進出を考えていた訴外福田椙子は、株式会社常盤相互銀行及び中小企業金融公庫の右抵当権付債権二口を譲り受けたと称し抵当権移転の登記をなし、続いて同三十三年四月二十六日本件土地を含む右担保不動産を競落したのであるが、

(一)  原作は東京弁護士会所属の弁護士であつて、訴外福田が常務取締役をしている山葉紙工株式会社の顧問弁護士であるが、大熊が昭和三十二年十二月頃前示株式会社常盤相互銀行等の抵当権付債権を譲受けた福田を相手に債務協定の調停の申立をした処、原告は福田及び訴外河野両名の代理人として行動し、その際担保不動産の買戻し代金として金四百七十万円並に原告に対する謝礼金として金十万円を要求している。

(二)  原告は昭和三十四年一月二十五日頃福田が前示担保不動産の競落後、福田の代理人として大熊に対し右競落物件から立退き方を迫り、同年三月一日から同十九日迄の間に福田及び河野の代理人と称し、大熊占有中の家屋に立入り同人を実力で退去せしめている。

(三)  原告は福田、河野等から本件土地の実状、殊に被告池田が昭和二十四年頃から本件土地を占有すること、河野からその所有権を譲受けたこと等を十分に知悉しながら明かに購入の必要もないのに本件土地を買受けたと称している。

(四)  福田は大熊を立退かせた本件土地の隣接地に現在工場を改築中であるが、本件土地の明渡しを得て更にこれを拡張する予定である。

(五)  原告は本件土地を形式上自己の名義とするや、その地位を利用し訴外品川信用組合から金六十万円を借受け、顧問先の福田の為融資をしている。

以上諸事実よりみて原告は福田の為本件土地明渡しを策しているのであつて、明かに訴訟信託である。

(2)  仮に原告が福田から本件土地の所有権を取得したとしても、その取得は弁護士法第二十八条の係争権利の譲受けであつて無効である。

原告は本件土地の前所有者福田の代理人であつて、本件土地所有権取得に当つてはこれが被告と係争になることは十分に予測したはずである。

即ち前示(一)、(二)、(三)の通り原告が福田主催の山葉紙工株式会社の顧問弁護士であること、前示調停事件に関与していること、原告は本件土地の隣地に付訴外大熊に対し折衝し、大熊の占有家屋に立入り強制的に退去せしめたこと、原告が本件土地の前主河野の代理人として行動していること、及び本件土地の実状を知悉してこれを譲受けたこと、

等より原告は明かに本件土地が係争物なることを知り、少くも係争となることを予測して取得したものであつて、右は前示弁護士法の規定に違反する。

(3)  更に原告が本件土地を転売目的で取得したことはその自認するところであるから、本件土地所有権取得は単に被告に対しその明渡しを求める為のみのもので、原告としては本件土地を他に転売するか又は被告に明渡しをなさしめるか以外に正当な目的もないので、かような目的のみで取得した権利に基く本訴請求は民法第一条に反し権利乱用であると述べ、

立証として乙第一乃至第三号証を提出し、証人福田椙子、同大熊喜一の各供述を援用し、甲第一乃至第五号証の成立をいずれも認めた。

理由

成立につき争のない甲第二、三号証及び乙第二号証並に証人福田椙子の供述を綜合すると、本件土地はもと訴外大熊喜一所有で被告池田が賃借していたのであるが、大熊は同人所有の他の土地、建物と共に、共同担保として昭和二十七年八月十九日訴外株式会社常盤相互銀行の金百五十万円の、続いて同二十八年十二月二十一日訴外中小企業金融公庫の金百九十万円の各債権のため、抵当権を設定し、右共同担保物件全部を訴外河野政清に売渡し、しかして本件土地は被告池田が右河野より昭和三十年十月二十五日買受けその登記をしたものである。処がその後前示銀行は右共同担保物件に対し東京地方裁判所に抵当権に基く競売開始決定を申請し、競売事件として同裁判所に係属したのであるが、同銀行の債権を抵当権と共に譲受けた訴外福田椙子がこれを承継し、競売の結果昭和三十三年四月二十六日同訴外人においてこれを競落し、原告は同三十四年三月二十日福田の競落した右共同担保物件の一部である本件土地を同人より買受け、同月二十三日その登記をしたことが認められる。

被告等は前示(1) において原告の右買受は信託法第十一条に違反し無効であるとし、(一)乃至(五)の事由を主張するので、按ずるに

(イ)  原告が東京弁護士会所属弁護士であることは当裁判所に顕著であり、訴外福田椙子の主催する会社の顧問弁護士であることは前示福田証人の供述で認め得る。なお又

(ロ)  訴外大熊喜一が株式会社常盤相互銀行及び中小企業金融公庫のため、抵当権を設定した本件土地を含む同人所有の土地、建物を訴外河野が買受けたことは前認定の通りであるが、大熊は河野に対し大熊の負担する抵当債務を河野が支払う等の条件の下に右物件を金百万円で売渡し、内金九十万円を受取つた処が河野が右条件を履行しないため、大熊は昭和三十一年八月頃右売買契約を解除し、河野を被告として右物件等の所有権確認、登記抹消、引渡請求訴訟(以下本訴と記す)を東京地方裁判所に提起し、他方河野も大熊を相手方として右金九十万円の返還を求める調停を申立てたので、本訴は右調停事件と共に調停に付され、前示の如く抵当債権を譲受けた訴外福田椙子が原告を代理人とし、利害関係人として右調停に関与したこと。及び

(ハ)  原告が福田の代理人として被告等主張の(二)の如く大熊に対しその居住の競落建物を強制的に明渡させたこと。

はいずれも証人大熊喜一の供述により認め得る処であるが、被告等主張の(一)、(二)のその余の事実及び(三)の原告が本件土地を明かに購入の必要も理由もなく買受けたとのことや、(四)の本件土地は福田の工場拡張の予定地であるとのこと、(五)の福田に対する融資の点等はこれを認める証拠がないので右はいずれも採用の限りでない。

ところで右(イ)乃至(ハ)の事実のみでは後記の事実と照し原告が福田のため本件土地明渡を策しているとのことや、或は福田、原告間の本件土地の売買が被告等主張の信託法第十一条に違反するものとは到底認め得ない。他にこれを認める資料もない。却つて前示福田証人の供述によると本件土地は同人が競落後資金の必要上原告に売渡した真実の売買であり、信託的に譲渡したものでないことが認められる。のみならず、このことは前示競落物件中の一部家屋を占有している訴外大熊喜一に対し福田が自己の名でその明渡訴訟を提起している(当庁昭和三四年(ハ)第六二号事件)当裁判所に顕著な事実からも推認し得る。蓋し福田は自己において本訴を提起し得るのであり、本訴に限り原告をして訴訟当事者たらしめる理由も実益も見出し得ないからである。

よつて被告等の右(1) の主張は採用し難い。

次に被告等は前示(2) において原告は本件土地買受に当り、被告等と係争になることを予想し、或は係争物たることを知つていたから弁護士法第二十八条に違反すると主張するが、弁護士法第二十八条の係争権利は必しも訴訟として係属中の権利のみならず、訴訟と殆ど同視すべき権利保護の手段化している調停を除外する理由がないので、調停事件として係属する権利をも含むと解すべきであるから、原告の訴訟係属中の権利に限るとの主張は採用しない。しかし同条が「争ある」とか「紛争権利」とせず、特に「係争権利」としている文意からも、又同条違反行為は私法上無効なるのみならず、懲役二年以下の刑事制裁を科されている点をも考慮すると、これを厳格に解し同条の係争権利とは現在裁判所に事件として係属する権利をいい(同法条の刑事法益のみを考慮して係争権利を広く紛争権利と解く説には賛成し難い。権利は多かれ、少かれ紛争を内蔵し勝で、何を紛争権利と称すべきかは至難である。)かような権利なればこそ特に私法上これを無効とし、又右の如き刑罰を以てその譲受を禁止するものと解されるので、将来係争を予想して権利を譲受ける場合は弁護士の品位を失うべき非行として同法の他の法条の適用を受けるは格別右二十八条の係争権利の譲受には当らない。従つて原告が被告等主張の如く、本件土地に関し、被告等との紛争を予想していたとしてもその譲受は同法条に違反するものでなく、その点の被告等の主張は理由がない。又訴外大熊喜一、河野政清、福田椙子等間に本訴及びそれに基く調停が係属したことは前認定の通りであるが、本件土地は大熊、河野間の前示売買契約解除前すでに河野が被告池田に売渡し、その登記を了したことが明であるから、契約解除により同被告の土地所有権取得は民法第五百四十五条により何等妨げられるものでなく、実質上本訴の係争権利でなく、又前示大熊証人の供述によるも本訴の趣旨は本件土地所有権でなく、その売渡価格が目的であつて訴訟の形式上もその目的でなかつたことが認められるので、いずれにするも係争権利とは称し難い。しかして又右調停は抵当債権を譲受けた訴外福田椙子が参加したため本件土地もその対象となり、福田の抵当債権の弁済につき折衝したのであるが、話合がつかず結局不調に終り当時すでに終了したことは前示大熊証人の供述上推認し得る処であつて、本件土地は前示各日時に右福田が競落し、次に原告が福田から買受けたのであるから、原告の買受当時調停は終了し裁判所に係属しなかつたことが明である。従つて右のような権利を原告が譲受けたからとて前説示の理由により係争権利の譲受とはいえない。よつて原告が係争物たることを知つて買受けたとの被告等の主張も理由がない。他に原告の本件土地所有権の譲受が同法条の係争権利の譲受であることを認めしめる資料もないので、所詮被告等の右(2) の主張も採用できない。

更に被告等は前示(3) において原告は本件土地を転売目的或は明渡目的のみで買受けたと主張し、しかして転売目的で買受けたことは原告もこれを自認する処であるが、転売目的のために本件土地明渡を求めることは些も権利濫用とはいえないし、又原告が明渡目的のみで買受けたとのことはこれを認める証拠がないので採用の限でない。よつて被告等の右(3) の主張も認容し難い。

以上の如く被告等の主張はいずれも理由がなく、他に本件土地の占有権原を主張立証しないのであるから、被告等の家屋所有或は占有による本件土地の占有は原告の土地所有権を侵害すること勿論であり、原告の所有権に基く本訴は凡て理由があるのでこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

仮執行宣言については宜言の必要がないので却下する。

(裁判官 奥平秀)

物件目録

第一、土地

東京都足立区内匠本町二十五番の二

一 宅地九十四坪

A(一) 西北角を(イ)点とし

(二)(イ)点から北側境界線上東へ四間の地点を(ロ)点とし

(三)(ロ)点から北側境界線上東へ三間の地点を(ハ)点とし

(四)(ロ)点から西側境界線の並行線上南へ三間半の地点を(ニ)点とし

(五)(ハ)点から西側境界線の並行線上南へ三間半の地点を(ホ)点とし

以上(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各点を連結する線内の部分を除いたその余の部分

B右Aの(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)各点を連結する線内の部分

第二、建物

右第一A地上の

(イ)木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建住居一棟

建坪五坪二合五勺

(ロ)木造スレート葺一部亜鉛メツキ鋼板葺平家建倉庫一棟

建坪二十八坪

(ハ)木造ルーヒング葺平家建作業場一棟

建坪十三坪

以上三棟何れも未登記

第三、建物

右第一B地上の

一、木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪八坪五合

二階八坪

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